日々の残像V〜北鎌倉篇〜

大森元気 web log vol.5 - since nov.2016

北鎌倉への道のり~導かれるように~(後篇)

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■内見の予約(1回目)
前編で書いたようにほぼ理想の物件にめぐり合うことができたわけですが、応募者殺到なのでは?と思うのと同時に、こんなにいい話はないんじゃないか?と少し勘ぐってしまいました。つまりは「おとり物件」のこと。問い合わせたときによくありますよね、「あー、ここはちょうど昨日決まっちゃったんですよ、ただ近くにこんなのもありますよ?他にも色々あるので是非一度ご来店を」って案内されるパターン。そうなのかな、どうなのかな...。

www.kurachic.jp

まぁ、でもじっとしていても始まらないのでひとまず問い合わせをしてみようと。メールフォームから連絡すると不動産の担当者M氏から返信が来ました。

内見の予約は可能だが、現在順番待ちの人が3組いると。順番に内見をしていって、先の人が申込みをしてしまったら内見前であってもその時点でキャンセルになることをご了承ください、とのことでした。

現地での待ち合わせを希望したらOKで、詳しい地図と番地まで送ってくれました。なのでどうやらおとり物件ではなさそう。3組の人達が揃って辞退するなんて有り得ない可能性に望みを託したのですが、案の定その夢は打ち砕かれました。数日後、「先の方が申込みとなったので、大変申し訳ないのですがキャンセルとさせて頂きます」と連絡をもらいました。う〜ん残念...。

傷心のまま他の物件も探してみたりもしましたが気に入る物件には出会えず...。それで引越し自体をあきらめて温泉旅行したりしました(笑) 今頃どんな人が住んでるのかなぁなんて妻と話したりしながら。


■まだ募集が続いている?!
それから1ヶ月ほどたったある日。物件サイトにまだあの物件が掲載されていると妻が教えてくれました。最終更新日も最近の日付です。どういうことだろう?と。やっぱりおとり物件だったのか?でもそうだとしたら別の物件を勧められるはずだし...。削除忘れとかそういうことかなーとか、もやもやした気持ちでした。

翌日になりやっぱりなんとなく気になったので、ダメ元でM氏にメールを送ってみました。

すると実際契約の寸前までいったのだけれど事情で辞退されたということがわかりました。それで募集から1ヶ月経ってしまっていたので前回募集の人たちには連絡はせず、新たに募集をかけたというのが真相のようでした。


■内見の予約(リベンジ)
それでです。いま新たな予約者が5組いると。ただ僕達は前回予約をしており、不動産としては連絡をせずに次の募集をしてしまい大変申し訳なかったと。それで明日もし都合がつくのでしたら1番目に内見できますと。それが無理な場合は大変申し訳ないが最後6番目になってしまいます、ということでした。

奇跡的に2人ともスケジュールが空いていました。なかなかこういうことはないので本当に運がよかったです。晴れて内見に行き、審査を経て、引越しがあれよあれよと決まってしまいました。

今思えば偶然の積み重ねとも、執念ともいえる申込み劇でした。

最初のキャンセルのときに諦めていたら。
妻がサイトを見続けていなかったら。
二度目の連絡をしていなかったら。
連絡が1日でも遅れていたら。
翌日に予定が入っていたら。
M氏が気を回してくれなかったら...。

どれか1つでも欠けたら入居することは叶わなかったでしょう。なんという幸運。すごいタイミング...。


■導かれるように
思えば大きな流れがあったような気がします。8・9・10月と3ヶ月連続で職場&職場で使用している倉庫の引越しがありました。入社してわずか半年、やっと慣れてきた職場がまったく新しい環境になったのです。

その直前にはiPhoneが「く」の字に折れ曲がってお逝きになりました。ショックだったけど何故かすぐ清々しい気分になったんですね。新しい気持ちになれたというか。

こんなときはこの勢いに乗って新しいほうに流れていけと。いろんなことが変わるときだと。そんなふうに思えたのです。(不思議なことに引越しが終わった翌日に妻もiPhoneを壊しました…。)

さらに。今アルバムを作っていて。それがいろんな「さよなら」についてのアルバムなのです。さよならだけど前進していくような作品にしたいなと。それは引越しを決めるずっと前から練っていたテーマだったから、自分でも驚きです。現実があとから追いかけてきたみたい。


■奇跡はきっかけでしかない気がします
長年住み慣れた街を出て、新しい地へ向かうのには出来すぎた展開でした。

なので、審査待ちのとき勤続年数が少なくて通るか少し心配だったけれど、きっと大丈夫だと思っていました。ここまで出来すぎているのに落ちるのは逆に不自然じゃないかと。

僕は特に変な宗教とかやってはいないし運命論者というわけでもないけれど、こういうときの大きな流れだとか、小さな偶然がいくつも連鎖して起こるようなことについては全面的に信用しているのです。変な話なんですけどね。


そういうふうにして入居が決まりました。でも、奇跡っていうのはお膳立てであって、きっかけでしかないような気がします。それを生かせるかどうか。ここからどう暮らすか、どう楽しむかということは自分達次第なんですよね。先日の記事と繰り返しになるけれど、この奇跡を、感激を忘れないでいたいな。いろいろ大変なことも多いですが、それを忘れなければすべてがうまく行くような気がするのです。